大判例

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大阪高等裁判所 昭和61年(う)1382号 判決

本籍

京都市下京区松原通富小路西入松原中之町四七四番地

住居

京都市下京区麸屋町通高辻下る鍵屋町二〇三番地 マンション西村五〇一号室

会社役員

西村博

昭和二五年三月九日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、昭和六一年一一月一九日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 藤村輝子 出席

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金四〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。ただし、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、原審相被告人西村博文及び同山田廣子との連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人近藤正昭作成の控訴趣意書記載のとおり(弁護人は、右趣意で違法性の認識について述べている部分は量刑不当に関する情状として主張する趣旨である旨釈明した。)であるから、これを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するものであるが、所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも併せ考察するに、本件は、被告人が原審相被告人の西村博文及び同山田廣子(被告人の弟及び姉)とともに、亡父の遺産を相続し、これに対する相続税の申告にあたって、博文及び廣子その他共犯者らと共謀して相続税の逋脱を企て、亡父に多額の債務があって、これを被告人らが承継した旨の虚偽の遺産分割協議書を作成して申告し、正規の相続税との差額を免れたという事案であって、所論を考慮しても犯行の動機に格別酌量すべき事情があるとはいえず、逋脱額及び逋脱率においてもともに高いこと、逋脱にあたって虚偽の文書を作成して工作した犯行態様に照らすと犯情は良くなく、被告人の刑責は軽視しえないものであるが、逋脱が被告人の積極的な主導によるものとはいえず、被告人が申告手続の教示を同和会に依頼したのは父の遺志に従ったと認められること、本件に関し被告人が博文及び廣子その他共犯者らとの連絡や打合せなどに介在し、申告にあたって関係書類の準備、申告等の行為を担当したのは、被告人の主導的な逋脱意思の具現ではなく、被告人が男子兄弟の年長者であることに加え、京都市内に居住し諸事に便利な地理的事情からであること、被告人の逋脱額も廣子と比較して軽重がないと認められることその他原判決が掲げる被告人に有利な諸事情を斟酌すると、被告人を懲役一〇月及び罰金四〇〇万円(但し、懲役刑につき三年間刑の執行猶予)に処した原判決の量刑は重きに過ぎると考えられる。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに判決することとし、原判決の認定した事実に原判示の各法条(罪数の処理、労役場留置、懲役刑の執行猶予に関するものを含む)のほか、原審における訴訟費用の連帯負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山中孝茂 裁判官 髙橋通延 裁判官 島敏男)

○控訴趣意書

被告人 西村博

右の者に対する相続税法違反被告事件について、次のとおり控訴趣意書を提出する。

昭和六二年一月二六日

弁護人 近藤正昭

大阪高等裁判所第一刑事部 御中

一 原判決は、同じ相続税申告者である被告人ら兄弟三名のうち被告人ついて、同人が自己の相続税額が一番低い者であるにもかかわらず、「相続人両名の税金を免れさせた」として、相続税額の一番多い弟博文と同じ懲役刑を言渡している。

しかしながら、被告人のみを他の兄弟と区別して、他の兄弟に対し「税金を免れさせた」というような特別の事実はなく、被告人の量刑は著しく不当である。

すなわち、原判決の事実においても、被告人ら兄弟三名は、「同和会幹部らと共謀のうえ相続税を免れようと考え」と認定されているのであるから、同じ共同正犯として他の兄弟と区別されるべきところは少しもなく、他の兄弟についても、それぞれ被告人および他の兄弟の相続税を免れさせた共同正犯であることは明らかのはずである。

ところが、検察官は、起訴状においては、被告人についてはすべての者についての共犯者としておきながら、他の兄弟、すなわち博文については廣子、廣子については博文をそれぞれの共犯者からはずすという奇妙な起訴の仕方をし、その後訴因を変更して被告人ら兄弟三名を共同正犯者としたが、免れようとした税額については、依然、被告人についてのみ他の兄弟二名の相続税分についても免れさせたとしながら、他の二名の兄弟については各自の税額分のみを免れようとしたとしている。

そして、原判決も、この奇妙な訴因をそのまま認容して、被告人のみ他の兄弟と比較して重罪を課しているのである。

しかしながら、この原判決の判断は、被告人ら三名を共同正犯としている以上、兄弟は各自互に他の兄弟の相続についても免れさせようとしたと判断せざるを得ないはずのものであるし、また、税法違反の量刑においては、同じ共犯者であっても、特別の事情がない限り各自のほ脱額を基準として判断されるべきものであるが、これらをいずれも無視しているのである。

もっとも、検察官が右の如き措置をとったのは、冒頭陳述書および論告から推察すると、被告人が、同和会が脱税をやっているを知りながら同和会に頼むことを提案した、あるいは、同和会等との書類の受渡しに被告人が動いていることを重視した、のようであるが、論告自体からも被告人のみ右の如き扱いを受けなければならない特別の事情は明確でない。

まして、原判決は、被告人らの行為について

被告人らは単に「同和特別措置法に基づき税金が安くなる」との他の共犯者(注、同和会幹部)の言葉を信じ、また、自身の税知識の乏しさから、自分達の所為が適法で債務(借金)を仮装することも許されたと考えたに過ぎず

と判断し、被告人を含め兄弟三名は違法性の認識を欠き、悪質な脱税を企んだものではないことを認めているのであるから、兄弟三名間に各自のほ脱額以外の量刑を左右すべき特別の事情も存しないのである。

そして、被告人が書類の受渡しに他の兄弟より多く動いたとしても、それは、被告人のみが京都市内に居住し、同和会本部、西川税理士事務所に近いという理由からにほかならず、それも前述のとおり、同和会幹部の言葉を信じて動いているにすぎないのであるから、被告人のみ他の兄弟と比較し罪責を重くする理由は全く見当らないものと言わなければならない。

二 原判決は、被告人のみが他の兄弟に比較し、量刑が重い理由について全く触れないので、その根拠が明らかでないが、検察官が主張している事実を検討してみても、被告人のみ特別に扱わなければならない事実は全く存しないことは次のとおりである。

1 被告人は同和地区出身者であり、他の兄弟と同様同和会幹部の言葉を信じ、同和特別措置法に基づき税金が安くなると信じていたことは、前述のとおり原判決も認定しているとおりである。

そして、被告人の罪責を勘案する場合において、この事実は看過し得ない重大な事実なのである。

例えば、被告人が同和会事務所、税理士事務所のところへ行き来した回数が一番多いということもをもって他の兄弟と区別するとしても、被告人は、ただ違法性を認識しないまま特別措置法により安くなると信じて行動しており、自己の住居が右事務所に近いため好意的に動いているに過ぎないのである。

すなわち、被告人の住居、勤務先は下京区にあり、同和会本部および西川税理士事務所がある中京区とは近接した距離にあり、八幡市内南部に住む他の兄弟に代って書類受渡しに動いたからといって同人の罪責を他の兄弟に比し厳しく追求する理由には到底なり得ないのである。

2 同和会に対する依頼について

検察官も冒陳において、亡正明が生前中より同和会八幡支部長西村昭和に依頼するよう話していたとしているとおり、同和会への依頼は亡正明の遺志なのである。

そして、検察官主張の如く亡正明が同和会の脱税を知って右の如く話したとの事実を認める証拠は全くなく、むしろ原判決認定の如き違法性の認識がなかったと考えるのが自然である。

そのような中で、「被告人が同和会への依頼を提案した」として被告人への罪責を問うことは到底無理な話である。

廣子の公判廷における供述にもあるように、生前の父の遺志に沿って、自然に同和会へ依頼するようになったのであり、まして、西村昭和への電話が被告人でないことは同人の公判廷における供述でも明らかなはずである。

同和会への依頼を理由に被告人のみ量刑を重くする理由は全くない。

3 礼金一五〇万円の支払について

長谷部、西村昭和とスナックへ一五〇万円を持参した点は、被告人のみ行なったものではなく、廣子の主人の山田泰男につき添って貰い、また、博文にも声をかけたが同人が忙しいため断っていることは同人の供述書(検一四号)において「三条京阪で長谷部と云々」という記載からも窺えるはずである。

4 西川税理士との引き合わせおよび書類の受けわたし

これについては、前述のとおり、同和会本部に近いという理由にほかならなず、同税理士に届ける書類は後述のとおり博文が市役所等で取ってきているのである。

また、被告人は、その頃不動産業を営んでいた右西川に自宅の転居先を探して貰っていたため同事務所に税金関係以外で立寄っているもので、いずれにしても被告人のみを区別する理由にはならない。

5 税額メモについて

被告人は西川税理士もしくは西村昭和から同和対策を使用しない場合の税額の連絡を受けてメモをしているが、被告人はこのメモの内容を他の兄弟にも連絡している。

すなわち、このメモを見ればわかるとおり、各兄弟間の税の比率が連絡されており、この比率および税額がいくら安くなるかの参考としてこのメモは当然他の兄弟にも見せられているのである。

したがって、税申告の認識に関しても兄弟間には全く差異はない。

6 遺産分割協議書、申告書について

これらも被告人が受取って他の兄弟のところへ持参し、署名捺印して貰っているが、これも前述のとおり、被告人の住居が近いという理由で受取り、これに署名捺印して貰っているものであり、その際の認識についても他の兄弟と全く差異はないのである。

7 報酬金三〇〇万円の支払について

西村昭和は喫茶店で三〇〇万円余り受け取ったと供述し、この点被告人の供述と食い違いが生じているが、冒陳においても検察官は税理士費用一三五万円を含む三〇〇万円余りとしており被告人の供述と大差はない。

そして、被告人が一五〇万円を支払ったことは前記3のとおりであり、このことは他の兄弟も知っていた事実である(被告人の公判廷における供述)。

この点についても兄弟間に差異はないのである。

8 被告人の検面調書について

被告人の検面調書が、被告人を主犯にしようという意図のもとに、当初から違法性を認識して脱税を企んだとして記載されていることは原審より主張しているところであり、違法性の認識の欠如を認める原判決の判断からしても右調書がそのまま信用されるべきものではないことは明らかのはずである。

以上のとおり、違法性の認識を欠いている被告人について、他の兄弟と比較して特に罪責を重くすべき事実は全くないのである。

三 被告人ら兄弟三名の行動を見ても、兄弟間に全く差異はない。

1 被告人らと亡正明より同和会への依頼話を聞かされている。

2 三名が集って同和会依頼の話になり、廣子が昭和に電話している。

3 三名が昭和を呼んで説明を聞いている。

4 三名が長谷部ら幹部を呼び説明を受けている。

5 三名(但し、廣子については夫泰男)が長谷部らを接待している。

6 亡正明死亡後の預金解約は三名がそれぞれ動いている。

7 申告用の評価証明書は主として博文が取って回っている。

8 西川税理士の自宅へ被告人と博文が訪問している。

9 メモ、遺産分割協議書、申告書の署名等には三名が集って行なっている。

10 申告手続も三名(但し、廣子については泰男)が出現している。

11 礼金一五〇万円の受渡しは、三名も聞き、被告人と泰男とが行っている。その際博文にも話をしている。

これらの事実を見ても兄弟間において特に被告人のみが罪責の重い事由は全く見つからないのである。

四 本件事件において、税務署側の責任は重大である。

これについて、原判決は「従前の税務署当局の対応の仕方にも問題ないともいえないと思われること」は判示しているが、税務署側の責任がこのような生温いものであり得ないことは説明を要しないところである。

本件の如く架空の債務を計上して脱税を図るという同和会のやり方は、その規模といい、その犯行期間といい、その脱税件数といい、税務署側の容認なくしては絶対にあり得ないことなのである。

そして、このような税務申告が税務調査も全くなくまかり通ってきたものであり、まして、被告人ら同和地区出身者が信じるのは至極当然の話なのである。

にもかかわらず、税金が安くなるという人間心理につけ込まれ、合法性を信じた国民を罰し、本来罰す側にいる国の一機関である税務署側には対して何らの責任追求がないということは全く不公平と言わざるを得ないのである。

別件において裁判所が判決において税務署の責任が重大である旨指摘したと新聞で報じられていたが(別紙参照)、被告人の罪責を問うについて税務署側の責任を追求せずに判断することは重大な誤りと言わなければならない。

五 被告人に違法性の認識がないことは原判決判示どおりであり、しかも、右欠如については前述のとおり国(税務署)の重大な責任に基づくものである。

すなわち本件が税務署側の同和会との癒着に基因するもので、このために違法性の認識欠如を生じたものであることは原審以来主張しているところですくなくとも刑の減軽措置を行なうべきである。

原判決はこの点でも不当である。

〈省略〉

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